不眠症からの産後うつ


退院後は、コロナ禍ということもあり、実母に1か月住み込みでサポートしてもらうことになっていました。


しかし、家の勝手が分からない母と、
生まれたての我が子にどう対応していいのか分からない初心者パパ。


退院後、自宅にに着くと早々に、二人の質問攻めにあう。
私の心と身体は疲弊し、眩暈が。。
眩暈が落ち着いてくると涙が。。。


「やっと退院して、少しゆっくりできると思ったのに。。!」


絶望的な気持ちになったのを覚えています。


今思えば、母とパパ(夫)は何も悪くなく、
皆ただひたすらに、赤ちゃんの命を守り育てようとしていました。


でも当時の私は、入院生活でほぼ全力を出し切り、スタミナが残っていませんでした(涙)
そしてコロナ禍で夫の立ち合いや面会も叶わず、
頑張った姿を誰にも見てもらえなかったことが、心の穴になっていました。


赤ちゃんが第一優先だと思うけど、誰か私のことも見てほしい。。!
この気持ちに寄り添って、共感してほしい。。!
産むのも、おっぱいも、夜間も寝ずに頑張ったことを認めてほしい。


心の中でそう叫んでいたと思います。
今でも思い出すと涙が出そうなくらい辛かった。。
でも現実は、赤ちゃんは待ったなしなので、心を置き去りにして時間が経過していきました。


そして、「1か月健診までに子どもを死なせずに、成長させ、無事に1か月を迎えたい」と思いつつ、
先が見えないことに、どんどん不安になっていました。

また、悪露が落ち着いてきたと思ったら、急に大量に血がでたり。。
貧血になったり、便が固くて痔になったり、腱鞘炎になったり、腰痛がひどくなったり、、、

身体が悲鳴をあげはじめました。


そんな中で1か月が過ぎ、実母は実家へ戻っていきました。
夫は在宅ワークだったので、家にはいるものの、フルタイムで働いています。
(途中から、私の精神がおかしいと気づき、中抜けをしてくれるようになりました)


仕事前に夫から、「(息子のこと)よろしくね」と言われることが、とても辛かった。


妊娠中は、私だけでなく皆に可愛がってもらって、皆で育てよう!と思っていたので。
現実は、コロナ禍と核家族でそうはさせてもらえず、
自分でもどうしていいか分からない中、分からない育児を不安の中でやっていました。


一番困った&辛かったころは3点ありまして、、

@まとまった睡眠がとず、寝れた感覚がなく常に疲れていたこと。
A何をするにも身体のどこかが痛い。
B母乳を出すために、沢山ご飯を食べねばならない、と「べき論」を言い聞かせてたこと。


今思えば、特にBのべき論(義務感)を色々持ってたな、と。
仕事の様に周りから評価されるものでもないのに、良い母親であろうとしてました。


そして@とAが重なり、次第には本当に眠れなくなってき。。


寝ていた瞬間もあったようですが(夫が動画撮影してくれていた)、
目が覚めて時計を見ると10分も寝ていない。。


次第に息子が泣いていないのに、泣いている声が聞こえ、
慌てて起きるも泣いていない。。


幻聴が聞こえるようになりました((+_+))

ただでさえ「眠れていない」と感じていたので、
心が余計に不安になる。
そしてとうとう、夜間はほぼ眠れず不眠になっていきました。


眠れていないと何が怖いかって、
子どもを一人で見ているときに、子どもを落としてしまったりしたら、どうしよう。。
寝不足がきつくて、子どもに八つ当たりしてしまったらどうしよう。。

そんな思いでした。



息子の1か月健診で、産後うつチェックのシートに回答しました。
50代くらいの助産師さんに、色々とヒアリング・アドバイスされるも何も解決にならず、
急に泣くことも増え、外に出る気にもならず、
とにかく息子と二人でいることが怖くなり、夫に当たったり、すがる日々が続きました。


夫は昔の私との違いに違和感を持ち、
私も不眠をどうにかしたかったので、産科→精神科→精神科…と転々としました。


そして夫が調べてくれた不眠専門外来(精神科)でやっと、

『中度の産後うつ』と診断が下り、抗うつ剤での治療で成果が出始めました。



〜つづく〜






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